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びくりと、彼女の手が止まる。
中学生くらいだろうか。まだ幼さの残る少年の頬に、涙のあとがあった。
閉じられている瞼を縁取る睫毛にも、いまだ透明なしずくがとどまっている。
「ぼく? 大丈夫?」
少年の顔の前にかざした手にあたたかな息吹を感じて、彼女はほっと胸をなでおろした。
雪まみれになっている少年の肩に手を伸ばし、彼女が雪を払おうとしたとき、ふいに少年の目が開いた。
その瞳に浮かんでいたのは、明らかな怒り。
見たこともない憤怒の炎。
叩きつけられる強烈な敵意に、彼女は一瞬身がすくんだ。
少年は彼女を撥ねつけるようにして起き上がると、無言で背中を向けた。そのまま反対側にある出口に向かって歩いていく。
「ちょっと……!」
だが、それ以上、彼女は言葉を紡ぐことができなかった。
少年の背中が拒絶に満ちていたからだ。
下手に触れれば、弾け飛んでしまいそうなほどに引き絞られた糸。
すべてを巻き込んで壊してしまいそうな少年の危うい空気が、彼女から声を奪った。
彼女はただ、少年の背中が見えなくなるまで、雪の中にただひとり、立ち尽くしているしかなかった。
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