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時は江戸。 夜の帳が下りて間もなく。 一人の町人が夜道を急いだ。 この辺りは化け猫が出ると言う不可思議な道。 本来ならこの刻限に歩くのは危険なのだが、男は新年の挨拶周りに追われていた。 男の職業は八百屋の奉公人。 売掛金を回収するために、この刻限まで出歩いていたのだ。 盆正月は売掛金を回収する貴重な時間。 本来なら年末に行っていなければいけない事だったが、店の番頭が倒れてそれがままならなくなった。 バタバタとしているうちに年が明け、新年早々挨拶がてら売掛金の収集に当たっているのだ。 「全く、新年早々参った参った」 そうぼやいているのは、店の奉公人末吉。 八人兄弟の末に生まれたので、末吉と名付けられた。 馬年生まれの二十四歳。 本来ならもっと上の仕事を任せられる年頃なのだが、いかんせん不器用な男だ。 一つの仕事も上手くいかず、おたおたしているのだ。 その男が売掛金回収という命を受けたのも、全ては番頭が倒れたからだ。 丁稚は番頭の世話で忙しい。 元より、丁稚が売掛金の回収など行える訳が無い。 男は化物が出るという通りを歩く。 本来ならこの道を通らなくても良いのだが、いかんせん男は不器用。 売掛金の回収に手間取り、近道をしなければいけなくなったのだ。 「うー、寒い寒い。早く店に帰らねば」 しかし男は自分が不器用だと思っていない。 近道として化物通りを歩いているのも、それと知らないからだ。 全くのんきな男だと思われるが、これが末吉という男である。 末吉は化物通りを北へと進む。 店は通町に面した一区画。 大きくもなく小さくもない八百屋だ。 そんな背景を背負った末吉の耳に、猫の鳴き声が聞こえた。 にゃーお にゃーお 末吉は急ぎ足を止めると耳を済ませる。 はて、猫の集会でもやっているのだろうか? しかし猫の姿はどこにも見当たらない。 にゃーお にゃーお 猫は泣き続け、末吉の鼓膜を震わせる。 「気味が悪いな……」 噂話に疎い末吉は、ぶるりと肩を震わせた。 すると前方から、ぽうっと提灯の灯が見えた。 「お、この夜分に同じ境遇のお人でもいるのだろうか……?」 ゆらりゆらりゆれる行灯。 末吉からあと二十歩という所でふっと灯が消える。 これは何かあると思い、末吉は反対方向へと走り出す。 するとぐっと、腕を掴まれた。 末吉はひゃあと情けない悲鳴をあげる。 見れば、それは猫の手だった。
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