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まずは、僕が階段から落ちた経緯を話しますね。
六月の終り、自宅の洋館で祖父の誕生日パーティーが開かれました。
二階の自室で用意してあった燕尾服に着替えて、パーティー会場である一階の大広間に向かおうとすると、パーティーの主役である祖父が、ドレスを纏った年若い女性を連れて僕の元にやってきたんです。
「雅臣、このお嬢さんは明治天皇の妹君の血をひく有栖川家の長女、有栖川懍子さん。お前の婚約者だ。お前が大学を卒業したら盛大に結婚式を挙げる。名家、有栖川の血が混ざって一条は更に繁栄するだろうな」
明るい未来しか存在していないと確信しているかのように満足げに頬を緩めた祖父は、女性を残してパーティー会場のある一階に降りていきました。
確かに有栖川家は天皇家の血が流れているが、名家という肩書きを利用したい企業に名ばかりの役職を与えられ、碌に労働もしたことのない家です。
世間に認められた名家で、財閥の経営に口出しをされる心配もない、と祖父は婚約者に彼女を選んだのでしょう。
一条の家に生まれてしまった運命ならば、一条を継ぐのは仕方ないと思っていました。
しかし、自らの力ではなく過去の交わりから生まれた血のお陰で名家と呼ばれているだけの家の血を欲した祖父に、一条雅臣ではなく、一条の血が流れている雅臣を欲しているのだと言われたようで虚しくなりました。
自分と一緒で、その身に流れる血しか評価されない彼女を冷ややかな眼差しで見ると、何を勘違いしたのか頬を赤らめて俯いてしまったのです。
同族嫌悪というやつなのか、恥じらうその姿は勘に障るだけでした。
嫌悪しか感じない相手と結婚だなんて真っ平御免です。
「貴女とは結婚できません」
「私は雅臣さんを慕っております」
僕にとっては初対面の相手に慕っていると言われても嬉しさなど微塵も感じず、苛立ちだけが募っていきました。
「僕は貴女を愛することができない。家族を作ってあげられない」
「想いを寄せる方がみえるのですか? その方より魅力的になるように努力しますから」
その身に流れる血しか評価されていないのに、自分自身が評価されていると勘違いしているような発言に、彼女を絶句させてやりたいと思いました。
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