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「拓也……」
どのくらいの時間かは分からないが、河川敷で蹲って脳内のがなりあいを聞いていると、突如背後から名を呼ばれた。
鼓膜を震わす中低音の心地よい響きは、甘い痺れと共に全身に木霊する。
じわじわと体中を満たしていく愛しい想い。
だがその想いの後を、恐怖という津波が追ってくる。
雅臣に拒絶されるのが怖い。
雅臣が口を開く前に逃げなければ。
立ち上がろうと足に力を入れるが、恐怖で石膏のように固まってしまった体はびくともしない。
「やっと見つけました」
安堵の声と共に背中を包む優しい熱。
その熱が、その感触が、その匂いが、恐怖を吸いとっていく。
「僕が転校してきて吃驚しましたか?」
素直にこくんと頷くと、安心させるように大きな掌が髪を梳いてくれる。
撫でられた箇所から、まだ体内に残っていた恐怖が吸い出されていく。
雅臣に髪を撫でられる度に、恐怖とか不安とか憤りとか、マイナスな感情が吸いとられていく感覚がしていた。
俺にとって雅臣は、万能薬なんだな。
万能薬を作り出せるように必死で勉強していた俺の横に、すでに万能薬はあったんだ。
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