卯月

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「失礼ですが想いを寄せる相手より魅力的になるのは無理ですね。僕は同性しか愛せないのですから」 「え?」 「僕はゲイなんです。女性には欲情しないんです」 それまで、男性に欲情したことはありませんでした。 相手にしてきたのは女性だけです。 しかし、物理的な刺激を与えられたら生理的に反応するだけで、心理的に女性に欲情して反応していたわけではありませんでした。 ただの排泄行為だったのです。 「魅力的な女性に出会わなかっただけです。私が治してみせます」 「そんなに僕と結婚したいのですか?」 「はい」 更に続けられる自分を過剰評価した発言に、堪忍袋の緒が切れかかってきました。 「一条財閥を継ぐ気はなくてもですか?」 「え?」 「財閥を継ぐ気はありません。僕は遺伝子研究をしたいんです。祖父にも話してあります。今は反対をされていますが根気強く説得し続けます」 祖父に話した、というのは出任せでしたが、こうなりたい、と心の底で願っていた夢でした。 「お爺様の意思を継ぐべきです。雅臣さんが継がなければ一条の伝統が途絶えてしまいます」 「幸い妹の千鶴が会社の経営に興味を示していましてね。とても優秀で経営力は僕より優れているんですよ。千鶴が財閥を継げば一条の血は途切ませんので心配は無用ですよ」 「幼い頃より一条財閥の総帥になるべく教育を受けていたのに、研究者なんかになりたいだなんて馬鹿げてます」 「僕が好きならば、夢が叶うように応援するはずでは? 貴女は一条財閥の次期総帥である一条雅臣と結婚したいだけなのでは?」 「……」 絶句した彼女に、やはりこの身に流れる血しか見られていないのだと虚しくなりました。 「僕の意志は固いですから。夢を叶える為ならば、一条の名を捨てる覚悟もあります。貴女も婚約破棄を訴えて、幸せな結婚生活を送れるどこかの会社の跡継ぎを探すべきですよ。では、失礼」 「待ってください」 階段を降りようとすると腕を掴まれ、体勢を崩して階段から落ちたのでした。
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