第2部

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    【No.1】  天使。美しいが肌は罅割れ、その羽根はかつての純白など思いもよらぬほどに褪せている。この天使は一人の少女の前に姿を現す。少女は病に臥せており、その病はおそらく肺病である。ひっそりとした暗い私室で虚空を見つめているこの少女は植物のように微かで、重たい呼吸をする。少女の寝台には死が忍び寄っていた。  天使の登場。それにしても――この病身の少女が、驚くこともなく天使の登場を受け入れたのが解せない。空間を歪ませ、朽ちかけた羽根を広げて虚空から現れたその天使は悪夢のようにおぞましく、死神に見えないこともなかった。けれども少女はその天使の訪問に対して微笑さえ浮かべるのだった。もしかすると少女は、この天使を予感していたのかもしれない。  天使は細く長い指先で少女の顎を持ち上げると、薄く眼を開いたまま接吻した。すると背中の羽根は見る見るうちに朽ち果て、腐り落ち、砂のように流れてゆく。そして天使は掻き消えた。そこにはただ眼を閉じて半身を起している少女がいるばかりだった。  夕刻、母親が少女の私室へ様子見に行くと、一面に羽根が散乱している室の中心であたかも睡蓮のごとく昏々と睡る少女をそこに認めることになる。ここで何があったのか――おそるおそる少女を揺り起こすと、彼女は眼を覚まして大量の羽根をその場に嘔吐した。唾液に塗れた羽根を寝台に撒き散らしてから、僅かに水を飲み、ふと微笑んで答えた。「夢を見ていた」と。  ……ここでイメージは途絶える。  この後、少女が死んだのか、はたまた奇跡的に恢復したのかはわからない。物語の結末としてはどちらも有り得るような気がする。    
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