第2部

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    【No.2】  特に出入りを禁じられているというわけでもなかったが、その第二教員棟には誰も近づかない。時折、何か特別の用事があって高等部の生徒が訪れる以外は、いつも森閑としていて、黒いフロックコートを羽織った教員たちが静々とその古びた扉へと入っていくのを見るだけだった。池に面した東側には巨大な窓々が設計されていたが、その大半を蔦が覆っているので、内部の様子は窺えない。ひどく古い建物であった。高く聳える尖塔をいくつも持っていた。 ある尖塔には時計が嵌めこまれていた。よほど昔に壊れたということで時刻は21時15分で止まったまま。錆びついた短針がⅨを、歪んだ長針がⅢを指している。この21時15分という時刻に第二教員棟内で何らかの怪異が起こる……というのは校内においてよく囁かれる噂だったが、「何年も前に卒業した先輩が見た話」として語られるような根も葉もない話だった。  長い回廊。螺旋を描いて伸びる階段。目眩を覚えるほどの吹抜き。  エントランスはいつも薄暗い。  棟内には非実用的な空間が多く、怪談に怯える年頃でもない高等部の生徒ですら、ここを歩くときには不思議な緊張を感じるのだった。ひどく静かで、歩き慣れない来訪者は必ず耳鳴に悩まされた。それに、三段とか五段のささやかな階段が多く存在し、部屋と部屋を行き来する度にそれらを上る必要があるため、生徒にも教員にも、見かけ以上に広大な空間をそこに錯覚させているらしかった。この小迷宮とでも言うべき建築物に好んで出入りしている女生徒がいるということを、おそらく誰も知らなかっただろう。その老教員も知らなかった。彼は第二教員棟三階に二室を学校から与えられており、一方は書斎、一方は美術室として使っている。  書斎に入室した老教員は長椅子に腰かけて頭痛薬を飲んだあと、小箱から眼鏡を取り出して、先ほど届いたばかりの文芸誌に目を通していた。室内の静寂を破るものは、その最新号の頁を繰る微かな音だけだった。窓にかけられた薄いカーテンから、やわらかに差す朝日が、机上の水差しをきらきらと輝かせている。快い朝の時間だった。    
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