第1話「動き出す歯車」

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[この平穏且つ平和な世の中には、本来、何も持ち合わせてなどいない。それはとうの昔に理解済みであろう。人間という物があってこそ、この世界は初めて本来の輝きを放つ事が可能になる。そして輝いた時こそ、本当の意味での幸せを我々は見出せるのだ] (……中二病か!……) 古く廃れた書物をバタリと閉じ、そんな感想を頭で述べた。本を閉じた時の音が大きかったせいか周りの視線が痛くなり始めたので即刻退場させてもらう事にする。 居心地の悪い視線を掻い潜り、冷たい外の空気を吸い込んだ。 (……寒いなぁ) 季節は言うまでもなく冬である。 手元のマフラーを首に巻きながら今後の予定の真っ白さに愕然とする。 何の目的もなく生き続けること程、苦痛であり燃費の悪いものはない。 漠然と生きる事に意味は無いのだ。 もしここで私という一人の女性が交通事故にあった所で、関節的に誰かの人生へ干渉することは出来ても、直接干渉することは出来ないのだ。所詮は一庶民としての能力しか持ち合わせていないのが現実なのだ。現実は本当に悲情であり尚且つ無情である。 (これからどうしよう……) 私には記憶がない。気が付けばここにいた。唯一覚えているのは自分の名前くらいだ。 友人も親も誰一人知らない。私は本当に独りなのだ。天涯孤独と言っていい。 ただ茫然と悄然と生きて行く事しか出来ないのだろう。 そう。それだからこそ、こんな運命を辿ったのは明白だ。 雲一つない青空を見上げながら歩く私は、目の前の赤信号に気付かず、交差点を横断。 次の瞬間、交通事故に遭遇した。 巨大な鉄の塊が全身を強打した感覚。 フワリと体が持ち上がり、まるで空を飛んでいるような感覚。 そして肩をコンクリートに打ちつけた凄まじい衝撃。 そのまま気を失ったのか、それ以降のことは全く憶えてはいない。 だから非常に申し訳ないが全く状況説明ができないまま、私の目が覚めれば森の中にいた。 (……どこ!?) 我ら日本国様が国民の税金を無駄使いしながら整備されたアスファルトの上で横になっているか、もしくは病院という名の白い天井が出迎えているかという二択を大きく凌駕する答えに出くわしてしまった。ということは言わずもがな。 (……あっ死んだのか。私)
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