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知らないうちに、車は森を抜けていた。
畑を左右に見ながら、狭い道を進む。
ぽつりぽつりと瓦葺きの家を見るだけで、あとは何もない。
ぐるりを山に囲まれた、盆地の村だった。
途端に、強烈なデジャヴに襲われた。
驚いて、ブレーキを踏む。
「あ」
放心している目の前で、ワイパーだけが規則正しく動き続けた。
当てもなく、車を走らせていたつもりだった。
しかし僕は、無意識に、目的地を選んでいたのだ。
この村に以前、1度だけ、来たことがある。
同じように、この車で。
すると、堰を切ったように、記憶の波が押し寄せた。
頭の中を、ぐるぐると掻き乱され、視界が明滅した。
ああ。
この村に来たときの記憶を、なぜ忘れていられたのだろう。
いや。
本当は、忘れたフリをしていたのだ。
意識の深層の部分では、ずっと覚えていた。
それは僕と彼女の思い出。
そして、僕と彼女と『彼』の思い出。
久々に引っ張り出した記憶は、鮮烈に過ぎて、吐き気を催すほどだった。
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