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ボタンのとれたチョッキも、サスペンダーで吊るしたズボンも汚れがひどく、土まみれのキャスケットを目深にかぶって、こちらをにらみつけるような印象深い真っ赤な瞳だったが、おそらく人の子であろう。
もしかすると、主人のほうを見ていたのかもしれなかったが、それ以上のことを見分ける前に車窓の端へ消えていった。
ここを通る時、主人はいつも沈みがちな顔になる。
たとえすでに何人ものスラム出身者を、みずからの城に見習いメイドとして迎え入れ、立派なメイドに育て上げた実績があったとしても、それは今でも変わらなかった。
先の戦争が落とした影が、いっそう彼の心を暗くしていることを、常にそばにいるニアが一番よく感じているのだった。
やがて馬車は開け放ちの市門をくぐり入って、街の中流区へとやって来る。
市壁の中の道はしっかり舗装されてあり、荷車や駅馬車や蒸気自動車などといった乗り物が多く行き交っていた。
人々の身なりもいくぶん小ぎれいで、外のすさんでいた光景がまるでうそのようだ。
大橋の手前の、河ぞいにあるオオカミベーカリー&カフェの前を通過する時、オオカミ頭をしたエプロン姿の店主と、垂れたウサギ耳の店員がこちらを見つけて軽く会釈をしてきた。
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