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「別にそんな礼儀なんて気にしなくてもいいのに」
「気にします、というかそんなことすら満足に出来ないなんてことがバレたら私は確実に首です。 くうっ、ヘルニア持ちにも優しい職場だって面接官が言ってたのに!」
四つん這いで腰を擦り続けるレティをソファに座りながら眺めるアズールは呆れ気味に肩を竦めた。
「…………何だ、元気じゃないか」
「元気なのは口だけです、腰は痛いです。 増援が駆け付けると厄介なのでアズール様はお願いですからどうか黙ってて下さ……はうっ!」
散々習った敬語もどこへやら。 痛いのは腰だけではない。 レティの睫毛は自分の情けなさと不甲斐なさに涙で濡れ、肩をぶるぶると震わせた。
「ったく、仕方ないな」
「みゃっ」
耳に届くバリトン。 ぐるりと一回転する視界。 そうして気付けばアズールの席の向かいに座っていた自分。 澄ました顔で座り直した主君は一仕事終えたようにどっかりと向かいに腰掛け、それはそれは上品にカップを取り上げた。 唇が立てる音すらにも気品を感じずにはいられない。
そんな中、
「うん、紅茶の淹れ方は間違ってないな」
アズールはそう言ってアクアブルーの瞳を細めた。
「びっくりしました。 アズール様って……意外とおしゃべりだったんですね」
「俺もびっくりした。 こんなダメな召し使いは今まで初めてだ。 あまりに可笑しくてつい……」
主君の追い打ちを真っ向から受けたレティはずうぅぅぅんと言葉の重りがのし掛かり、がっくりと頭を垂れたのだった。
それからというもの、三年もの月日を物言わぬ王子として過ごしたアズールはレティと接する中で徐々に徐々に本来の表情を取り戻していく。
「アズール様、紅茶が入りました」
「レティもそこへ座れ」
「ではお言葉に甘えて」
対面で座りながら、琥珀色の水色を注ぎ淹れるようになったのはあの日の翌日から。 レティが名工自慢のティーポットを傾ける様をアズールは優しい目で追う。 何となくその視線を感じてしまうレティはどこか落ち着かず、気付かない振りを装いつつ視線を伏せ気味にさせる。
「レティ、顔が赤いようだが」
「気のせいです」
「本当に気のせいか?」
「もうっ! お戯れが過ぎます」
質(たち)の悪いアズールの返しに思わず声を大にして顔を上げたところで。
ティーポットがレティの手から離れ――
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