召し使いと王城の君

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「彼、ドアが開く度に目を向けるの。  紅茶を淹れたらすぐに『礼儀はいいから楽にしろ』だの『座れ』だの……  挙げ句『レティはどうしてるか』って。 使用人のプライベートまで答える必要はないからうやむやに濁したら『どうしても教えてくれ』なんて詰め寄られちゃって……もう大変だったんだから」 「――――え……」  シアはふふっと笑い、そうしてレティの後方をちらっと見てから去る。 何があるのかと振り向いた先に、彼がいた。 「さて、レティ……召し使いは確かにたくさんいた。 俺はその全員に面会し、全員の名を覚えたぞ」 「…………?」  得意気に胸を張るアズールのアクアブルーが悪戯っぽく光る。 意図が分からずに首を傾げるレティの反応を見て、アズールは明らかに落胆したようだった。 金の髪がどこかしょげたように毛羽立つ様子はどこか情けなく見えた。 「だからっ……お前が俺に言ったんだろう、召し使いは他にもいると。 だから俺は全員を見て回ったんだ。 だが、やっぱりいくら探しても代わりの者など誰一人として見付からなかった」 「……え?」  それでも意図を汲めずに眼をぱちぱちさせるレティに、アズールはイライラを募らせ、ついついと声が大きくなる。 「まだ分からないのか? レティ、俺の召し使いはお前じゃないとダメなんだ。 腰が痛いとろくに立ってすらいられないお前がいいんだ。 一生懸命でおっちょこちょいで、強情で……使用人らしからぬ振る舞いをする。 黙って見ていられないくらい危ういお前が」  一気に熱くなったレティの顔はきっと赤い紅を乗せていることだろう。 手を差しのべてくるアズールの顔もほんのり赤い。 「アズール……様」 「わ、分かったか? 分かったならいい」  つんと澄ましながらもきっちりと顔の端を赤くするアズールの顔を見上げるレティの瞳が輝いた。 「もうすぐ日が暮れるな。 そしたら、この国一番の景色が見える。 俺はそれをお前と見たいと思っている」  その言葉はレティの中で大きな大きな意味を持っている。 勿論それはアズールも一緒に違いない。 「……はい」  アズールから差し出された手に、レティのそれがそっと重なった。  鮮やかな橙色の光は穏やかに二人を包み込み、そうしてアズールの止まった時は緩やかな時を刻み始める。  彼の傍らにはいつも一人の召し使いがいた。 End.
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