召し使いと王城の君

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召し使いと王城の君

「アズール様、紅茶が入りましたわ」  目映いクリスタルのシャンデリア輝く荘厳な王城の一室。 マホガニー製の立派なテーブルの上には湯気沸き立つ琥珀色の水色。 名工により焼き上げられた見事なカップから芳しい香りが漂う。 「…………」  アズールと呼ばれた主君は物言わず、ただ伏せた睫毛の下、儚げなアクアブルーの瞳を瞬きさせただけに留まった。  陽当たりのよい窓辺から射し込む朝陽を受け、彼の細目の金髪がキラキラと輝きを増す。 整った眉、形のよい鼻梁と仄かに色を挿す唇。 細めの身体なりにも剣術に長けていることは、彼の脇差しに収まる射突剣レイピアと対の剣マンゴーシュが証明している。  だが、齢十五にして大陸の覇者と呼ばれた彼は以降の三年間を塞ぎ込んで過ごした。  理由は同じく十五の頃、婚姻したばかりの彼の妻リイン王妃を亡くしたからだという。 それというのはアズールが塞ぎ込んでから、彼に仕える召し使い等がこぞってそのような下世話な噂話を立てたからであり、真実は誰も知らない。 いつしか物言わなくなったアズールの世話を焼くのは新人召し使いの仕事とされるようになった。  そういった経緯でアズールの前に立つ侍女レティは、背を板が付きそうな程に伸ばし、盆を手にしてテーブル前に立つ。 因みに勤務二日目だ。 伸ばした背筋が今にもつりそうだが、これも礼儀だ。 習いたてのポーカーフェイスも健在に、にこやかな笑みを絶やさず勤務を終えること――これは召し使いの嗜みともいえる必須スキル……なのだが。  アズールはいつまで経っても紅茶を啜ろうとしない。 召し使いたる者、主君が口にするまでは一歩たりとも動くことは禁じられているというのに。 「うっふ……おふ、おふぅ……」  ビキビキと軋みを上げる背筋の激痛に思わず声が漏れるも、悟られてはいけないというのだから堪らない。  顔付きだけは保とうと努力を試みていたレティだったが、遂に限界がやって来た。 「早く……飲んで下さ……も、ダメ……」  アズールが腰掛けるソファのやや後方に立っていたレティは盆をテーブルに叩き付けるようにしてがくりと崩れ落ちた。 「!? えっ……き、君、どうしたんだ」  初めて聞く主君の声が意外にもバリトンだったことに気付きつつ、レティは首をぶんぶん横に振りつつ、腰をひたすら擦るのだった。
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