耳元で…

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(嫌だっ!ついて来ないで!) 開かれたドアの向こうに何を見たのか…。 あたしは何も見ていない。そう、何も見えなかったのだ。 例えば部屋があったとする。 電気が付いていなかったなら、確かに何も見えないだろう。 しかしこちら側は照明が付いていて、かなり明るかったのだ。多少なりとも光はそこに差し込む。完全な暗闇ではないはずだ。 それなら、外に繋がっていたら。それこそ何か見えるはずだ。山の上ということもあって、星の光だけでも十分明るい。 …では、なぜ何も見えなかったのか。 あたしが見たのはドア一面の黒だ。漆黒がそこにあった。まるでタールでも塗り付けられているかの様な、先の無い黒だった…。 『置いてかないでー…』 声はあたしの後ろとも横ともつかない所から響いてくる。 あたしは部屋を目指して一目散に駆けていた。ケンカした事など頭に無かった。 (やだ、やだ、やだ…!) 『独りにしないで…』 女はまだ憑いてきた。そう、女だった。なぜ判ったかは説明出来ない。ただ、その時あたしはソイツが女だと思った。
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