対岸の光

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届きそうで届かないその空を、飽きもせずに毎晩見上げていた。 初夏の夜空に瞬く星々は、冬のそれとは違って優しく柔らかな光をまとっている。 「晴れたね」 「おー…いい感じ」 鳴り止まない虫の声に重ねて、満足そうな声が隣で静かに響いた。 さわさわと、夜風が優しく髪を揺らす。 「…今頃会ってんのかね」 「楽しくやってんじゃねーの?」 ははっと笑ってそう言う声に、私も小さく笑って返す。 「あんたが言うとなんかやらしー」 「は?…お前こそ、そういう風にとる?」 失笑しながらも、その視線と指先はわずかなぶれもないように慎重に動いていた。 やがて、小さな灯りに照らされた手元が、目的のものを見つけて動きを止める。 「…よし」 ゆっくりとこちらに向けられた顔が夜空の下で穏やかに笑った。 「今夜の天の川、見る?」 肉眼でもわかるほどのそれは、天体望遠鏡の中におびただしいほどの煌めきを散りばめていた。 息をのんでその1つ1つに目を落とす。 両手ですくってもこぼれ落ちそうなほどの星屑に、黙って見入った。 きれいな夜だった。 何にも替え難い、決して同じものは生まれないその夜。 「なぁ、誕生日なのに、こんなことしてていいわけ?」 「…『こんなこと』を仕事にして挙げ句彼女を置いて北海道まで来てる誰かさんには言われたくないよね」 私が生まれた夜も、空がとてもきれいだったと母が言っていた。 煌めく星の中に、1年に1度だけの願いを込めて人は祈る。 そんな美しい夜を、母は私の名にした。 「素直になればいいのに。七夕の夜くらい」 「うるさい」 織姫と彦星は、あの川に架かる橋の上で待ち焦がれた再会を果たしているのだろうか。 今日までの1年。これからの1年。 会えてもまた離れなければならないことを胸に抱きながら、2人は何を想っているのだろう。
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