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「おい、去(い)ぬるぞい。手を貸してくれ」
老人が声をあげると、医者は老人の背中に手を回して老人を立たせた。
立ってしまえば、さしたる手助けも必要ないのだが、起立する瞬間だけは、どうにも己の足を信用出来ぬのだ。
「あの、折角いただいたお金が……」
都季は、腹の前で組んだ指をしきりと動かしている。みなまで言わなかったが、ちらちらと医者を見上げる仕草で、何を求めているのかが分かった。
老人の口から、金を返してやれ、という言葉が出るのを待っているのだ。
「ふむ。お前さんにやった金じゃ。お前さんがどう遣おうと儂はかまわんよ」
「そうですか……。それなら良かったです」
都季の顔は、良かったという顔ではない。落胆しているのが一目で分かる。
医者は、満足げな笑みを浮かべていた。
座敷で見せていたようなすげなさは微塵も感じられなかった。
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