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楓が俺の横を通って昇降口の方へ去っていく。
俺はその背中を追いかけなかった。
数分前だったら多分追いかけていた。
だから、手をつかんでいたんだと思う。
弁解なんてできない、言いたくないくせに、どうにかしたかった。
「……は、」
夕暮れが、中庭全体を暗くして、空だけを赤くしている。
どこからか入ってきた風が髪をなでた。
――言わなくて、よかった。
心から思った。
本当の理由なんて、言わなくてよかった。
楓をいじめたいから。
もっと泣いてほしいから。
それで俺に愛を示して欲しいから。
そんなこと言ってたら、楓は今よりも俺を嫌いになる。
俺に、絶望する。
帰宅するとき、靴箱の中の靴紐はなぜか分離されていた。
ポツン、と離されたその紐がとてもさみしそうだった。
――好きになられた時から、本当は知っていた。
楓は俺に対して純粋すぎること。
俺は楓に対して、ずっと醜くてひどいこと。
まっすぐにぶつかってくる感情は心地が良くて、安心する。
だから、不安になる。
俺のことを何があっても好きでいてほしいと、確認したくなる。
嫌いになるようなことをして、それでも好きだと言ってほしいから。
だから後悔なんてしていない。
これで離れていくなら、楓はそんなもんなんだから。
――大丈夫。
まだ、傷つかない。
まだ、離れられる。
葉月の二の舞には、まだならない。
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