第5話 【忘年会】

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香川さんに急かされ、店員がぺこりと頭を下げて私の前に冷えたビールを置く。 「たまには良いでしょ?病棟の宴会に出席するのも」 香川さんはそう言って自分のグラスを近づけ、私のジョッキと乾杯の挨拶をした。 えっ!? 私、どう見てもこの場に馴染んでませんよ? 香川さん、すみません。もう、病棟の宴会は勘弁して下さい――です。 心の中でそう呟きながらも、私なんぞに声を掛けてくれた彼女に申し訳なく思い「…はい。そうですね」と、社交辞令の笑みを返した。 「そう言えば、安藤さんってここに来る前はどこの病院にいたの?」 香川さんが、鍋の具を掬いながら言った。 突然の質問で心臓がドクッと不快な鼓動を打った。 「三重のK病院です。病棟じゃなくて、医事課の中にいました」 「K病院?その病院名、どこかで聞いた気がするんだけど…、忘れちゃった~」 白菜、ネギ、椎茸、しらたき、そして名古屋コーチンのたっぷり入った器を私の前に置いて、香川さんが軽やかに笑い声を立てる。 いいです、いいです、そんな病院名、思い出さなくていいです! 私だって、できる事なら思い出したくないのに… ―――病院名を耳にするだけで、不倫をしていた頃の記憶が甦る.
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