第5話 【忘年会】

19/28
前へ
/28ページ
次へ
以前から感じていたこと――病棟内部の関係は、大奥系図によく似ている。 医師一人一人が、将軍。 看護長は、大奥取締役の御年寄(おとしより)。 主任が御年寄の指示で動く中年寄(ちゅうどしより)に、そしてお殿様世話役の御中臈(おちゅうろう)は、ナースと言えよう。 数人いる御中臈の中には、将軍の側室や愛妾になる者がいたと言う視点からも、御中臈役は愛人候補のナース以外に他はない。 そして私たちは、御目見以下の御使い番か御仲居か…要するに、小間使い。 国家資格を持つ者、持たない者の間にある、目に見えない敷居。 「なんか、疲れちゃったな…」 鏡から視線を外し、空気にさえ押し潰されてしまいそうな声を落とした。 うつむいた拍子に頭の中に浮かんだ、高瀬先生の顔。 彼女…いたんだ。 そうだよね、あの人に彼女がいない方が不自然。 言い寄って来る女性は後を絶たないだろうに、独身であることの方がむしろ不思議。 ちょっと優しくされたくらいで心奪われそうになって! ちょっと意味ありげな言葉を掛けられたからって、心臓バクバク言わせちゃって! あんた、どれだけおめでたい女なの? 藤森さんを笑ってる立場じゃない… だから言ったじゃない。――胸の鼓動に振り回されたら、痛い目みるって。 ――痛い目? ああ――まだ、そんな域に達してないから未遂ね。 良かった。危うく本当に好きになってたかも知れない。これで、視線を奪われる事も無いし、声を聞いて心が乱される事も無い。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1587人が本棚に入れています
本棚に追加