第5話 【忘年会】

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これで胸のポンプの誤作動もきっとしなくなる。 また、以前のような無刺激で心静かな毎日に戻れる。 真実が知れて良かったじゃない。 そう、良かったのよ... 大きな深呼吸をして笑みを浮かべた瞬間、頬に冷たい何かが伝わったのを感じた。 ――えっ?なに?これ…… 震える指先で、頬に触れてみる。 ――どうして?  ――――どうして私、泣いてるの? 涙で湿った人差し指を見つめ、愕然とする。 …そうか。藤森さんに見下された事が悔しいからか。あんな言われ方したんだもん。無理ないよね。 「……うん、無理ないよ」 先生の事とは関係ない――関係ないっ!! 自制を突き破って溢れ出そうとする感情を抑え込みながら、冷たい水で手をガシガシと洗いレストルームから飛び出す。 早く帰ろう!七瀬さんと一緒に! 急いで店を出て、まだ皆がたむろしているであろう、店の周囲を見渡す。 しかし、視界に入るのは見知らぬ人ばかりで、病院関係者の姿はどこにも無い。 「あらら…置いてきぼり?忘れられちゃったのか…私」 手に掴んでいたバッグを肩に掛け、アスファルトに視線を落としククッと含み笑いをする。 アスファルトにしばらく視線を置いたまま、肩を落とし小さな息を吐いた。 「安藤さん!やっぱり、まだ店の中にいたんだ」 辺りの雑音に混ざって頭上から落とされた声に驚き、目を見開いて顔を上げた。 「先生…どうして…」 「店を出た時に姿が無かったから気になってて…良かった。引き返して」 そう言って、高瀬先生は私を見つめホッとしたように目じりを下げた。
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