第5話 【忘年会】

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「安藤さん!おいっ!待てっ!――おいっ!安藤麻弥っ!!」 何なの!? 大きな声で名前を呼ばないでっ!ばっかじゃないの?恥ずかしいっ! そう心の中で後方に罵声を飛ばした瞬間、私は大きな手で肩を掴まれた。 貧弱な体はいとも簡単に後ろによろめき、振り切ろうとする歩みは妨げられる。 「ちょっと!離してよ。人が見てるじゃない!」 「あんたが逃げるからだろ。こっち、来い」 肩を掴んだ彼の手は、腕に沿って滑り落ちるようにして手首を捕らえた。 そして、私を連れて、直ぐ横にあるオフィスビルの壁に向かって歩き出す。 昼間の色を落とし、静けさに包まれるビルの立体駐車場の入り口の壁際まで来ると、先生は私の手を解放した。 「……」 私は離された手首を握り、上目使いで彼を睨み付ける。 「へえ~。そんな表情もするんだ。屋上で見るあんたと、今のあんたは同一人物だな。病棟では、ずっと自分を偽ってる…だろ?」 先生は私を見つめ、満足気にそう言って小さく微笑む。 はっ?屋上で見る私?… 「…言ってる意味がわかりません」 私はあからさまに訝しい表情をして、引き気味に口をつぐむ。 「病棟で見るあんたは、仕事は完璧なのにどこか無機質で、人を寄せ付けようとしない。なのに、屋上で子供たちに囲まれてるあんたはまるで別人。…何故なんだ?」 ――心の奥深くを覗き込もうとする眼差し。 「…何を…言ってるの?先生は…何か勘違いされてますよ…」 舌が縺れる。 顔がカッと熱くなり、胸が不快な音を叩き鳴らす。 「自分と同じ匂いを感じて…ずっと見てた。自分でもよく分からないが、ただ――あんたが気になって、仕方ない」 そう言って先生は、私の頬にそっと手を伸ばす。
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