第5話 【忘年会】

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「いつまでも突っ立ってないで、座ってよ~。安藤さんなに飲む?ビール?酎ハイ?ワイン?」 私の心の事情など知るはずも無い香川さんは、屈託のない笑顔を放ち続ける。 時、既に遅し。諦めざるを得ないこの状況。 「…ありがとうございます。ビールでお願いします」 私に気を使ってくれる彼女に感謝しつつも、強張る表情のままゆっくりと腰を落とした。 「あら、あなた来てたんだ。全然気づかなかった~」 私の両足が掘りごたつに納まった時、先生の向こう側から顔を覗かせて藤森さんが声を掛けて来た。 一瞬だけ合った、藤森さんとの視線。 「…はい、お邪魔してます」 私は直ぐに目を逸らし、テーブルに置かれた誰かの食べかけの天ぷらに視線を落とした。 飲み物はもういいから、香川さん早く戻って来て! 私の飲み物の注文と、使われていないお皿を探しに行くと言って、直ぐにどこかへ行ってしまった彼女の姿を目で探す。 「こんばんは。ここの刺身美味しいね。たくさん食べた?」 落ち着きのある柔らかな声にドキッとして、落とした視線を静かに上げる。 「…はい。鮪と鰤は特に絶品でした」 緊張感に溺れそうになりながら、答えた。 「でしょ?ずっとビール?ゆず梅酒ってやつ、女の子達に評判いいみたいだよ」 高瀬先生はそう言って、ドリンクメニューを片手にニッコリと笑った。
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