第1話

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 ある意味父は優しすぎるから、厄介事も背負い込むことが昔から多かった。  今思えば、その斉藤さんとやらも何度か名前を聞いたことがある。  今年の春前辺りからうちの部屋を借り始めて、それから幾度となく滞納しかけたとかなんとかで、彼に貸し続けても平気なのかと母と話していた。  それでもなんとか住む場所を見つけたらしい彼に同情して、父は遅れようともちゃんと払ってくれるのなら部屋を貸し続けると決めたのだそうだ。  もしも自分が斉藤さんの立場なら、涙が出るほど嬉しい。  まぁ、その人がどんな境遇でそんなギリギリの生活をしているのかは、まったくと言っていいほど知らないのだが。 「それ、いつ行けばいいの?」 「一週間以内に伝えてもらえれば、いつでもいいかなー」 「了解。じゃあ、明日にでも言っておく」  さすが愛子は行動が速いねー、と大真面目に感心する父。  単純に、父が何かと後回しにして溜め込む性質なだけであって、私は別段速いと言われる部類にも属さない。  ただ、仕事はとっとと片すに限る。  それに、一週間以内ということは、斉藤さんが仕事をしているのであろう平日の昼間は、訪ねたところで留守だろうから無駄足だろう。  そして、その時間帯は私も学校がある。  となると必然的に、平日の夜か明日と明後日の土日に限られてくる。  働いているのなら、土日の休みに訪ねた方が何かと都合もいいだろう。  それ故の即行動でもあった。 「斉藤さん、ね……」  ふと、去年のクラスメイトを思い出す。  だがしかし、彼が一体今何処で何をしているのか、うちの学校には悲しいことにそれを知る者は一人もいなかった。
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