「月子」

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 鈴虫の鳴く声がしていた。  僕が一人で寝ていた夜の事。  玄関をドンドン叩く音で目が覚めた。  看護師の母は夜勤で朝にならないと帰らない筈だし、鍵も持ってる。  そう思ったが、鍵を忘れたのかも知れないし何かあったのかも、と思い急いで玄関を開ける。  そこにいたのは隣のおねーさん。  おねーさんは僕が「こんな夜中にどーしたんですか…」 と聞いてるそばから脇をすり抜けて部屋の中に入ってしまう。  「鍵、失くしちゃったの入れて~」 と明らかに酔った風体でへらへら笑いながら玄関そばの流し台で水を飲んでいる。 呆れ返って一瞬言葉を失っていたが、我に返る。  「出てってよ!ほかに行くとこあるでしょ?  友達とか、彼氏とか!」  一体何なんだ、この人は!  他人の家に勝手に上がって!  ふつふつと怒りが湧いてくる。  「その彼氏に振られたんだってば、行くとこあるなら行ってるよ―。」 彼氏に振られようが僕の知ったこっちゃ無い。  「ネカフェだってあるでしょ?!」    「だって、ここまで来たら鍵無かったんだもん、今月赤字でお金だって無いしー」  へらへらとそう言いながら勝手に部屋の奥まで入ってしまう。  2DKのアパートには僕と母の部屋以外は玄関を兼ねた狭いダイニングキッチンがあるだけだ。  おねーさんが寝る場所なんて無い。  「無理だって!知ってるでしょ。ここの床にでも寝る気?」  「大丈夫!君の部屋でいいから。」  「よくないって、俺の寝る場所が無いだろ!」  「ママのお布団で寝ればいーじゃん、あ、私が一緒に寝てあげるって。そうしよう、そうしよう。」  「何が寝てあげるだよ!」
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