「月子」

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 しかし。  “健康的”という形容詞を自分に対して使うのは違和感がある。  体自体は健康体なので、さっきの様に勝手に体が反応してしまうのを如何ともし難いのが実情だが、何故体が自分の意思を裏切るのか、自己嫌悪に苛まれる日々を送っている。  「生殖本能なんだから仕方ない。」  「思春期だぜ当然だろ?」  友人達はそう言って生理現象として受け入れる。    それが自分にとって受け入れがたい理由も分かっている。    母がシングルマザーで、多分、不倫の結果生まれたのが僕だからだ。    「ねえねえ、こっちこっち。こっち来て―。」  月子さんの声で我に返り、言われた通りロールカーテンの隙間からキッチンに入る。  「見て見て!」  冷蔵庫とガス台の間の床にしゃがんでいる彼女が僕を手招きしているその足元には段ボール箱。  近寄って上から覗き込む。  段ボールより先に視界に否応なく入って来る彼女の谷間。  その白い、体は小さくて華奢なくせにそこだけ豊満な胸から無理やり視線を剥がして段ボール箱の中を見ると、ちいさな茶色い毛玉が寝息と共に体を上下させていた。  誘惑的な状況の心配なんて必要なかった。  自分の杞憂が恥ずかしい。  「昨日さぁ。  お店の帰りに近所の公園の自販でコーヒー買おうとしたらさ、自販の脇に置いてあった段ボールからみぃーみぃー鳴く声がしてさ、  もう小っちゃくて可愛くて必死に鳴いてて―  もう、堪らなくて連れて帰って来ちゃったんだよね。」    「こんなに小っちゃくて、育てられるの?  それにこのアパートいいの?ペット。」    「あー、男ってなんで同じ反応するんだろうー。  篤史も同じこと言って『捨てて来い』って言うんだよね。  これから冬だよ?こんな小っちゃいのが生きてける訳ないでしょ?  あいつは自分が猫アレルギーだか何だか知んないけど嫌いだからって  『捨てて来ないなら別れる』  とか言って薄情ったらないんだから―」  「…もしかして、振られたって…猫…のせい…」  ―――あ然―――それで何で泣けるの?理解不能――
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