檻の中の黒い手

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店主が眼鏡のフレームに指を置いた。 「これを書いた人は居ますか」 「これはアキちゃんの字だ。アキちゃんは夜の部ですよ」 「夜の部?」 「夕方5時からの出勤です」 出直すことにした桐生は署に戻ると、板倉の遺留品をチェックした。使い古した財布に、洟を噛んだ跡のあるハンカチ。旅行鞄には着替えの下着と靴下、文庫本が二冊。不思議だったのはアドレス帳がなかった事だった。―犯人が盗んだか? 17時過ぎに〈満珍楼〉に行くと、客はなく、背を向けたシニヨンの女がレジに立っていた。 ドアの開く音と共に女は振返ると、 「いらっしゃいませ!」 と、笑顔で声を上げた。 と、同時に厨房の店主に何やら声を掛けられた女は、途端に笑顔を消した。 「新宿△署の者ですが、これを書いたのはあなただそうで」 領収書を見せながら、ご機嫌うかがいのように桐生が作り笑いをした。 「そうです。私が書いたものです」 アキは30半ばだろうか、はきはきしてるだけあって、気の強さが顔に出ていた。 「一人でしたか」 「いえ。男性と二人です」 その言葉に、桐生はペンを動かしている三島を見上げた。 「よく覚えてますね?」
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