4人が本棚に入れています
本棚に追加
店主が眼鏡のフレームに指を置いた。
「これを書いた人は居ますか」
「これはアキちゃんの字だ。アキちゃんは夜の部ですよ」
「夜の部?」
「夕方5時からの出勤です」
出直すことにした桐生は署に戻ると、板倉の遺留品をチェックした。使い古した財布に、洟を噛んだ跡のあるハンカチ。旅行鞄には着替えの下着と靴下、文庫本が二冊。不思議だったのはアドレス帳がなかった事だった。―犯人が盗んだか?
17時過ぎに〈満珍楼〉に行くと、客はなく、背を向けたシニヨンの女がレジに立っていた。
ドアの開く音と共に女は振返ると、
「いらっしゃいませ!」
と、笑顔で声を上げた。
と、同時に厨房の店主に何やら声を掛けられた女は、途端に笑顔を消した。
「新宿△署の者ですが、これを書いたのはあなただそうで」
領収書を見せながら、ご機嫌うかがいのように桐生が作り笑いをした。
「そうです。私が書いたものです」
アキは30半ばだろうか、はきはきしてるだけあって、気の強さが顔に出ていた。
「一人でしたか」
「いえ。男性と二人です」
その言葉に、桐生はペンを動かしている三島を見上げた。
「よく覚えてますね?」
最初のコメントを投稿しよう!