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「わたしはやっぱり、春田くんは嘘を吐いていないと思うがなぁ。
先の世から来たというのはまるでお伽草子のように奇天烈な話だが、あの子もなにかに巻き込まれただけなんじゃないか?
それに、間者でもない普通の女子が、トシが俳句を詠んでいることまで知っているものだろうか」
「そ、そうだよなぁ! だって俺も知らなかったぜ!
まさか、まさか土方さんが俳句……ぶふっ」
「おい、左之! 失礼だろ、黙れ!
土方さんだって、たまには俳句を……ぐほぉ」
近藤は悪気なく、土方の恥を蒸し返す。
原田と永倉は堪えきれず、腹を抱えて笑いこけている。
土方のこめかみが引きつり、口許がぎりぎりと歪んだことに、山南と、これまで一貫して事態を静観していた男――斎藤一だけが気づいていた。
「そうですね。
あの話を信じるつもりはありませんが……ここはひとまず、あの娘を浪士組預りとするのはどうでしょう?
もしも、万が一本当に彼女の言うとおりになるのなら、それはそれで十全。
その後もここに置くだけの価値があります。
仮にあれが戯言であったとしても、それが露見した際に処罰すればいいことです」
山南は、近藤の言葉を前半だけ取り出して、何事もなかったかのように話を進めた。
こういった、場を収めることに長けているのだ。
いや、スルースキルというべきか。
永倉と原田は、もうほとんど存在を無視されている。
きこは本能的に山南を敵と嗅ぎ分けたが、それは正しい判断であるといえる。
事実、こういった側面を鑑みれば、山南はある意味で土方よりもはるかに手強い。
土方も怜悧で頭が切れるが、それは戦術家としての色合いが濃い。
壬生浪士組の中で学に明るく、かつ高度な思考を得意とするのは、山南をおいて他になかった。
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