はじまり

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きこは絶句した。目の前で、怪しい男があからさまな嘘を吐いている。 平然として悪びれる様子もなく、善良そうな素振りをして。 ――誘拐。拉致。監禁。人身売買。 不吉な言葉が頭をよぎる。逃げなくては、と思った。 この男は、絶対におかしい。 きこは、閉じられた障子を盗み見た。 沖田より、わずかに障子に近い位置にいる。 今、すぐにでも逃げ出すべきだろうか。 いや、下手な真似をしたらかえって危険かもしれない。 相手が単独犯とも限らないし。 だからといって、このままでいるわけにはいかない……。 きこの中で、沖田はすでに犯罪者として位置づけられている。 考えあぐねていると、その沖田がおかしそうに声を上げて笑った。 無邪気な顔を、しやがって。だけど、わたしは騙されないんだ。 きこはまた一歩、沖田から距離を置く。 「あなた、面白い人ですね。考えが、ぜんぶ表情に出ていますよ。 でも、そんなに怯えないでください。 大丈夫。人斬り集団の壬生狼と言えど、女子をいきなり斬り捨てたりはしません」 考える間もなかった。条件反射のように、足が走り出す。 障子に手をかけたところで、存外に強い力で腕を引かれた。恐怖に鳥肌が立つ。 人斬り集団。斬り捨てる。 まるっきり悪党のようなセリフを、笑顔のままに言い放った沖田が、きこの腕をつかんでいるのだった。
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