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「あ……」
困ったように笑う沖田の鼻から、赤が滴る。
血を確認した途端、きこの威勢は見る間に萎縮した。
怒るでもなく、慌てるでもなく、静かに血をぬぐう沖田の姿に、罪悪感が頭をもたげる。
殴られたことを責めたり、反撃したりしないのだから、こいつはそれほど、悪い奴ではないのかもしれない。
だって悪い誘拐犯が相手なら、わたしは今ごろ死んでいるはず。
単純な思考回路は、いつもの通りにおめでたい結論を弾き出す。
きこの頭は本来、人を疑うように出来ていない。
「ごめんなさい」
うなだれるきこを見て、沖田は仔猫を慈しむような笑みを浮かべた。
よく笑う男だ。笑顔だけで、いくつもの表情を持っている。
その笑顔の内、偽りでないものは一体どれほどあるのか。
はたまた、すべてが本物なのか。
「落ち着きました?」
「……はい。あの、ごめんなさい」
きこはポケットからハンカチを取り出して、つかの間の逡巡の後、沖田に差し出す。
誕生日にもらった、お気に入りのハンカチ。
きっともう使えなくなってしまうだろうけれど、自分がしてしまったことを考えれば、出し惜しみなんかできない。
でも願わくば、沖田さんが遠慮してくれますように。
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