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「あの、ここはどこですか?」
きこは、沖田から一歩離れた。
ハンカチのくだりには触れず、疑念をそのままに尋ねる。
「壬生浪士組の、屯所です。壬生狼って、きいたことあるでしょう?」
壬生浪士組。たしかに、その名前には聞き覚えがあった。
けれど、それは幕末に京都で活躍した、新撰組の前身となる組織の名前ではなかったか。
そして壬生狼とは、それを京の人たちが、恐れと侮蔑を込めて呼んだ、あだ名ではなかっただろうか。
きこの頭は、恐竜のように鈍い。しかし、勉強ができないわけではないのだ。
「……あっ!」
事ここに至ってようやく、きこは眼前の男の名前を思い出す。
沖田総司。それは、新撰組一番隊組長を務めた、江戸末期の武士だ。
今からおよそ、150年前に幕を閉じた江戸時代を、生きた人。
「うそ……」
沖田総司が目の前にいて、生きている。だって、鼻血を出したもの。
殴った感触はたしかにあった。だからこれは、夢じゃない。
平成生まれのわたしが、江戸時代の場所にいる。
江戸時代の人と喋ってる。本当に。
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