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以来、十二年間ずっと奴を追い続けている。
環境汚染によって人が暮らせる地域が限定され、おかげで局地的な人口過密と化したロサンゼルス。おれが暮らす街だ。
スモッグが立ちこめる市街地を歩けば、いうことを聞かない子供に「わがままばかりいってると、うちにもラブレスがくるよ」といって、子供をしつける母親の姿があった。まるで日本の昔話に出てくるナマハゲだな。ラブレスさんよ。
この一週間追いかけていたバグを片づけたおれは、デバッグ機関からの入金を確認すると、晩飯でも食おうかといつもの店に向かっていた。大通りから少し入った狭い路地にある中華料理屋だ。古い雑居ビルの錆びついた階段の下にその店はある。上下逆さまになった「福」の文字を象った虫の息のネオンサインが目印だ。味もそこそこの小汚い店だが、ここのいいところは人造人間の店員を雇っていないことだ。
「いらっしゃい」
入店したおれを無愛想な店主が出迎える。今やサイバネティック技術の進歩によって義眼など簡単に作れるというのに、片方の目に眼帯をはめたおかしな婆さんだ。
「蟹炒飯を頼む。あとチンタオと海老だ」
この狭く薄暗い店内で、おれが唯一の客だった。こんなことも決して珍しくはない。店主が変わり者なら訪れる客も変わり者なんだろう。おれはカウンター席につくと、カウンターの隅に置かれた画質の悪いテレビに目をやる。テレビでは最近話題のコメディアンが特におもしろくもないことを延々と喋っていた。
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