はじまり

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椅子に座ってボケーっと呆けている俺の前には、艶やかな黒髪を流れるように綺麗に伸ばした女の子がいる。覆い被さるように彼女が立っているものだから、灯りの消えた教室と夕焼けが映える時間帯とあって表情がよく見えない。 俺は視力の悪い方ではないが、急に彼女が机に手をついて顔を覗き込んで来たので、慌てて後退してしまい視界がぶれたのと、体勢を崩して椅子ごと倒れそうになったので何とか踏ん張った結果、距離が空けられて影が深くなったのだ。 外からは野球部の金属バットが球を打ち返す音や部員たちの声が響いてきたり、吹奏楽部の金管やら木管の楽器の音が混じって聞こえてくる。初夏が過ぎいよいよ夏本番といった様子で、彼らに限った話ではないが、いち早く迎えにいっているような気がした。 まあ、だから何だとお前どうなんだと聞かれれば、特に何かスポーツをしていたり、趣味があったり、部活に所属している訳ではない。ただの帰宅部員で、暑苦しいこの季節をクーラーと扇風機で乗り切るだけの高校生である。 そんな俺は高校一年生のアイドル的にしてマドンナ的な存在である少女に詰め寄られて「あなたは何者なの?」と問い掛けられる。俺はよくわからないまま英語教科書式の自己紹介をして、「君は?」と彼女に聞き返す。聞くまでも無いことだが、彼女の口から彼女のことを聞きたくなったので、初めまして、のポーズで接する。 「私はーーーー……知らない訳じゃ無いでしょう?」 何故かノイズがかかったかのように、名前だけ聞き取る事が出来なかった。知っているから問題はないと思っていたが、度忘れしたようで、彼女の名前を呼んでイエスかノーかの返事をしようとしたら詰まってしまう。 「……ごめん、もう一度名前をいってくれないかな?よく聞き取れなくて」 申し訳なさそうに言うが聞き取れないほど外が五月蝿いわけでも無かったので、彼女は怪訝そうな視線を寄越しながら溜め息をついて、 「いい?しっかり聴いお覚えてね。私はーーーー………」 今度は、名前だけではなく外の音も聞こえなくなるほどキツいノイズが走る。テレビやケータイの画面のブレのように視界が揺れ、震え出す。 彼女もそれを感じ取っており周りを見渡している。パニックになっていないのを見ると非常に心臓が強いようだ。
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