第一話『戦友との再会』

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 目と鼻の先にいる人間を攻撃できず、悔しそうに吼える熊。そこへ追撃するように倒れている巨大な体の真下に赤い陣が展開された。それが何なのか理解をしているクリスは素早く跳び退く。 「バーンアージ!」  詠唱を終えたノエルの彪術が炸裂する。陣が真っ赤に輝き、そこから天に向かって激しい炎が噴き出して陣の上に倒れていた隕獣を飲み込み、焼き尽くす。悲鳴を上げながら熊の隕獣は絶命し、真っ黒に炭化したその姿は風化していき、サラサラと質量を失っていく。  彼女が使う彪術とは、彪を収束させ、形質や性質を変化させて放つ技術のことである。彪を扱うだけならば、努力をすれば大抵の人間はある程度のことはできるようになる。だが彪術はそうはいかない。性質変換などは才能がなければできない、本当の意味で天才のみが扱える代物なのだ。彪術は集中力と時間を要することが多いがその威力は絶大で、今のようにしっかりと詠唱をし、十分な時間を要せば生命力の高い隕獣も一撃で屠ることも可能だ。  二人で旅をするクリスとノエルは、クリスが隕獣の気を引いているうちにノエルが彪術を完成させる、という戦法をとり続けてきた。状況によってそれは変わったりはするが、基本スタンスは崩さず、それを繰り返してきたおかげでその戦術は洗練され、格上の隕獣を倒したこともある。互いを信じているからこそできることだろう。  他に隕獣がいないことを確認し、基礎状態に戻した収束器をホルスターに戻したクリスはノエルの傍に駆け寄る。 「ありがとうノエル」  嬉しそうに破顔する妹。  その笑顔があるから頑張れる。ゴールの見えない、手がかりもまったくない旅を続けられるのは、ある目的とこの妹の笑顔があるからだ。  軽くノエルの頭を撫でて再び遺跡へ向けて足を進めるクリス。道中にもう二度隕獣に襲われたが、やはり二人の前には手も足も出ず空気に溶けていった。そして一時間と少しして、二人はようやく目的地へと到着する。  生い茂った草木や樹木に隠された、四角く切り出された石をいくつも積み上げて作られた建造物はその身に無数の蔦植物を絡みつかせ、肌にはびっしりと苔が貼りついている。長い時間風雨に晒されてボロボロになった石の隙間に入り込んだ蔦がその石材をさらに脆くさせている。
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