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「名前なんて言うの?」
真次矢が聞くと“姫”は呆れたように肩をすくませた。
「私の名前も知らないの? 大学じゃ今年のミスキャンパス候補なんて私で決まりとも言われている私の名前を?」
彼女は謙虚という言葉を知らないのかもしれないと思いつつ、真次矢はこう告げた。
「あまりそういうことに興味なくてね。ごめんね」
「そういわれると私が不憫みたいじゃない。やめてよ」
途端に不機嫌になる“姫”は頬を膨らませる。
その表情は男心をくすぐる何かがあった。真次矢は初めて、生身の女に劣情を感じた自分に驚いていた。しかし、顔をピクリとも動かさない彼に“姫”は勘違いしたのか、つまらなそうに顔をしかめた。
「ふつうだったたら男はここであたふたしてなだめすかしてくるから面白いのに、がっかりだわ」
そう言うと、“姫”はこちらに背を向けて店の中に入っていく。もう少ししゃべりたいなと思っていた真次矢は残念な気持ちなっていた。
「ユキ……」
“姫”がそうつぶやいた。
「えっ?」
「斉藤有希、それが私の名前」
それだけ言って、有希は店に入っていった。
あっけにとられていた真次矢だったが、雨が降り始めたことで我に返ると珍しく少しだけ口角を挙げ、有希の後に続くように店に入った。
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