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「このまま塹壕にこもっていればいいだろ。敵はもう4名の戦死者を出している。うちが損害ゼロで45分を乗り切れば、3組の勝利だ」
タツオはタツオキの白い蛇(へび)のような手を思いだしていた。あんな手をした男が、そのつぎの手を打たずにいるだろうか。
その銃声はほとんど聞こえなかった。タツオから数メートル離れたところで、戦況を観察していたクラスメートが全身を硬直させて倒れた。塹壕のなかで埃(ほこり)が舞いあがる。
「吉岡くんが被弾しました。右側の狙撃兵からの精密射撃です」
タツオは叫んだ。
「全員、塹壕に伏せろ!」
スコアボードに赤い三角形がひとつ増えた。それはタツオが初めて経験する部下の死だった。8月の猛暑のなかなのに、おかしな汗と震えが止まらない。塹壕のなかに這(は)いつくばっているクラスの友人たちが、必死に自分を見つめているのがわかった。
部下の命を預かる指揮官の責任は底なしに重かった。まだ戦闘開始から5分と経過していない。戦いはこれからだ。
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