18人が本棚に入れています
本棚に追加
パックから取り出した不揃いなイチゴ。これは前の日に青果店のおじさんから買ったもの。ヘタを果物ナイフで切り取って、小さな器に入れてあげる。
「寒くない?」
『ちょっとね。でも遥が来てくれると、温度が上がるんだよ』
そんなバカな。
はぁ、と息が白くなる。真っ赤なイチゴをひとつつまんで口の中に入れてみた。
甘くてちょっと酸っぱい、亜紀と一緒に食べたイチゴの味がした。
「亜紀、そろそろ行くね」
『ぇえーっ!もうちょっといいじゃぁん』
「仕事行かなきゃ」
『もうちょっとだけ!ね?』
「……うん、ってうなずきたくなっちゃうね」
もうちょっと、あと少しなら、あと一分だけ……。
そんな事をしてたら、私、ここから動けなくなる。
「イチゴ、食べていいよ。私は食べたから」
手早く片付けを済ませて立ち上がる。のろのろやってたら、行きたくなくなってしまうから。
亜紀に背中を向けた私はお別れの挨拶もないまま歩き出し、晴れ渡った空を見上げて涙を飲み込んだ。
私のあとに、あそこに誰かが来ていたなんて思いもせずに、timeへ足早に向かう。
最初のコメントを投稿しよう!