11/11
前へ
/242ページ
次へ
それからすみれさんは、お店を辞めるその日まで、私にみっちり仕事を教えてくれた。そして、菫の花が季節の移り変わりの波に乗るように散って、消えていくみたいに、この店からいなくなった。 「遥ちゃん……」 店長の気遣う声が、開店前のホールに染みる。私はくるりと店長に向かい合って、笑ってみせた。 「大丈夫ですっ!私は私なりに、私で頑張りますからっ!」 「そうだよ、遥ちゃん。"自分らしく"。それが一番いいんだから」 え、じゃあなんで店長はラーメン屋じゃなくて喫茶店やってるんですか? とは、聞けなかった。 「あ、ほら開店時間だよ、遥ちゃん」 「店長、へいらっしゃい!って言ってみてくださいよ」 「うちにはうちのうちらしさがあるでしょ!それと、マスターって呼んでよ!!」 「失礼しました、マス……あ、いらっしゃいませー。おはようございます」 大きな図体の広い肩を落とす店長の背中を見た客が、首をかしげているのを、私は苦笑いで席をうながす。  
/242ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加