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それからすみれさんは、お店を辞めるその日まで、私にみっちり仕事を教えてくれた。そして、菫の花が季節の移り変わりの波に乗るように散って、消えていくみたいに、この店からいなくなった。
「遥ちゃん……」
店長の気遣う声が、開店前のホールに染みる。私はくるりと店長に向かい合って、笑ってみせた。
「大丈夫ですっ!私は私なりに、私で頑張りますからっ!」
「そうだよ、遥ちゃん。"自分らしく"。それが一番いいんだから」
え、じゃあなんで店長はラーメン屋じゃなくて喫茶店やってるんですか?
とは、聞けなかった。
「あ、ほら開店時間だよ、遥ちゃん」
「店長、へいらっしゃい!って言ってみてくださいよ」
「うちにはうちのうちらしさがあるでしょ!それと、マスターって呼んでよ!!」
「失礼しました、マス……あ、いらっしゃいませー。おはようございます」
大きな図体の広い肩を落とす店長の背中を見た客が、首をかしげているのを、私は苦笑いで席をうながす。
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