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ある秋の、少し肌寒い日。 「え……すみれさん、今なんて?」 私は今、目の前で春の終わりに咲く菫の暖かな微笑みを、信じられない思いで見つめた。 「だからね遥ちゃん。わたし今月で辞めるから、後の事よろしくねって言ったのよ」 「えっ、でも私、まだ」 「自信ない?」 ふんわりと目を細めるすみれさんに、私は目を伏せてうなずく。 だって、まだ私じゃ……すみれさんがいない分まで働けない。すみれさんみたいな接客、できないよ……。 いつも笑顔のすみれさん。どんなお客様にも、落ち着いた優しい声をかける、素敵な女性。私の、目標。 厨房から店長がこっちを心配そうに見ているのを、すみれさんは笑顔でなにかを語りかけた。店長はそのなにかを受け取ったかのように、動き出す。 私は、うつ向いたまま……動けない。
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