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<航目線>
夢を見ていた。
俺は草原の中を歩いていた。緑の中を吹きぬける風はとても爽やかで、心地よい。
柔らかい日の光が眩しくて、すぐ近くを歩いているはずの人が見えなくなった。その人は白い服を着ていて、そのふわりとした裾が、夏の風を感じさせた。
誰だろう。俺の良く知っている人だという気はしていた。大好きな人だということも。でも眩しくてホントにその表情が見えない。ふと、どこからか微かな声がした。
・・・・・航、愛してる。
・・・・澪?・・・・いや、違う。稲葉じゃない。でも・・・・澪なのか・・・・?
俺は唐突に、そうだ。これは夢なんだ、と思った。彼女が俺に愛を囁くことは、もう無いんだから。
夢だと思っているのに、それだけははっきりわかっていた。
そう思ったら、すごく悲しくなっていきなり目が覚めた。
見回して、そこがアルカーデのテーブル席だったことを思い出した。パーティで飲み過ぎてしまったらしい。
そうだ。斉藤のやけ酒に付き合って。と思った瞬間、隣で斉藤が、
「あれ・・・・・?」
と言いながら、起き上がった。
マルコと凪ちゃんに見送られて店を出た。俺たちにとりあえずバカンスはまだない。夜の風は生ぬるく首筋に触れた。歩きながら斉藤が言った。
「先輩は・・・どうやって好きな人をあきらめたんですか?」
「どう・・・・って、まあ、時間にまかせるしかないけど」
俺は言葉を濁していた。
「俺・・・絵里子のこと・・・忘れられそうにない・・・です」
「そうだな・・・・」
斉藤は先月、遠距離恋愛に破れたばかりだった。
俺は黙って肩を抱いてやった。
俺は嘘をついていた。俺は稲葉を忘れてなんかいない。何故こんなに鮮明にあいつの全てを覚えているのか。それは自分でも説明できなかった。
今でも俺はあの人に嫉妬し、稲葉を思っている。もう2年も経ったのに、だ。それを最近ようやく俺は自覚していた。自分がこんなに不器用な人間だったなんて。バカバカしくて涙も出ない。
解決してくれるのはきっと時間なんかじゃない。と思っていた。でもそれは斉藤には言えなかった。
夏の夜は長い。俺たちは黙って石畳の上を歩いていた。
風が吹いて、また少しだけ心が揺れた。
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