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<凪目線>
アルカーデが休みの間は絵画修復の工房に通う時間を増やすつもりだった。早速、工房のマリア先生に頼まれていた画材や絵の具を買い込んで店を出ると、誰かに、
「凪ちゃん」
と声をかけられた。
振り返ると、いま一番会いたくなかったひとが、涼やかに立っていた。 ・・・・走ってる途中みたいで、トレーニングウェア姿だけど、何を着ていても、このひとは似合う。
片岡さんは、なんのためらいもなく、ためらっている私の手から荷物をひとつ取り上げて、
「持つよ」
と笑った。
「あ・・・りがとうございます」
仕方なく並んで歩き出した。
「どこに行くの?」
「あ・・・教会の・・・絵画修復の工房です。画材とか頼まれてて」
「ああ、前に言ってたね。勉強のために通ってるって。・・・一緒にいい?」
「はい・・・・・」
「凪ちゃんは偉いね。色んなことを勉強して。いつも前向きに頑張ってるね」
偉くはないです。こんなに迷ってばかりなんです。と思いながら、片岡さんの笑顔を見ていた。
なにが彼をこんな笑顔にさせているのだろう。何故今日はこんなに饒舌なのだろう、と思った。
それを不自然なことだと思う自分の、その心がいやだった。私はいったい、どんな片岡さんでいてほしいのだろうか。
わかっている。私は嫉妬しているだけだ。彼の胸の中に住んでいる人に。住むことを許されている人に。
この青い空に不似合いなその感情をもて余して、私はこっそりため息をついた。
私たちはすぐ工房に着いた。工房は地下にあって、少しひんやりとしていた。
マリア先生は思ったより人が集まらないので、明日から2週間工房も閉めることにしたの、と話してくれて、画材急いでもらってごめんね。と言ってくれた。
少し残念だけど、しようがない。またどこかでデッサンでもすることにしよう。
結局片岡さんは荷物を全部運んでくれて、私とマリア先生が話している間、修復中の絵を熱心に見ていた。
地上に出ると、お礼を言った私に、片岡さんは子供のような瞳を向けた。
「凪ちゃん、ミラノの他はどこか行った?」
「えっと・・・・以前コモ湖とベルガモに・・・・行きました」
私は呟いた。考えてみたらイタリアにいるのに、あんまりどこも行ってない。
片岡さんは、ちょっと首をかしげた。
「明日から時間できたね。工房閉まるし」
「まあ・・・・そうですけど」
「じゃあ、明日付き合ってくれない?」
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