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さらりと言われて、思わず目を上げると、彼は、
「荷物持ちのご褒美」
と言って、微笑んだ。
いや、それは、どちらのご褒美になるのか疑問だと思います。
そう、心の中で呟いて小さく、
はい、と答えていた。
次の日、なんと片岡さんは車で出かけよう、と言って、彼らしい深い藍色の車に乗せてくれた。
「どこに行くんですか?」
「秘密」
と言って緩やかにハンドルを切るその姿はうっとりするほど綺麗で、気を抜くとつい見とれてしまうほどだった。
車は高速道路を軽快に走り、2時間少しで大きな駅を過ぎ、少し先の広場で止まった。
「ここ、どこですか?」
降りながら聞くと、片岡さんはにこっと笑って、
「ヴェローナ。ロミオとジュリエットの街だよ」
と教えてくれた。
石畳を歩き出すと、危ないよ、という声と一緒に右手が掴まえられて、そのまま引っ張られた。
え?!・・・手・・・手・・・つないでる・・・・・!
広場には物凄く大きな円形劇場があった。
「ローマ時代の遺跡。ちょうど野外オペラが明後日から始まるみたいだから、まだあんまり混んでなくて、良かったね」
歩きながら話す彼の言葉は、半分も耳に入っていなかった。
右手が痺れているみたいで、私はすでに泣きそうになっていた。全神経が右手に集中している。
何でもない、何でもない、何でもない、と心の中で呪文のように繰り返していた。
少し歩いたところに、石造りの小さなトンネルがあって、人の流れと一緒にそれをくぐると、目の前にジュリエットの像が立っていた。
片岡さんはさりげなく手を離して私の背中を押してくれた。
ジュリエットの像は皆が撫でていく左胸のあたりだけ、黄金色に光っていた。ほっそりしたその姿はとても大人っぽく見えた。
中庭は思っていたよりずっと狭くて、像の右上に見える、ロミオが愛を囁いたというバルコニーもとても小さかった。
ふと見ると、像の後ろの壁には小さな紙片がびっしりと貼られていた。そういえば通りすぎてきたトンネルにもあった。
私の視線に気づいて彼は、
「みんながメッセージを書いて貼ってるんだよ。何度か撤去されてるんだけど、それでも貼る人がいるみたいだね」
と、笑った。
「それだけ、切ない恋をしてる人がいるんですね・・・・」
と呟いた私を彼は少し驚いたような目で見た。
でもこのメッセージはきっと幸せなだけではない恋の、その捨て場所のように思ったのだ。
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