第1話

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<凪目線> ジュリエットの家のすぐ近くにはロミオの家もあって、そこはレストランになっていた。外壁に「ロミオとジュリエット」のセリフのプレートが掲示されていて、皆が写真を撮っていた。 広場にはマルシェ(市場)が出ていて、私たちはゆっくりとそこを歩いた。さっき見た円形劇場の前のカフェでお昼ご飯を食べた。 劇場は22000人くらい収容できて、夏はオペラやミュージカルをやっているんだよ。あ、後で中を見学してみようね。という説明は、手をつないでいないから落ち着いて聞けた。 片岡さんは色んなことを教えてくれる。新しいこと、私の知らないことを。 ミラノの街ひとつにしても、2年もいる私より、きっとたくさんのことを知っているのだろう。ひとつ教えてもらうたびに、私たちの間もひとつ縮まればいいのに。 帰りの車の中で、私は彼に聞かれるままに、色々な話をした。 高校2年の時、絵画コンクール特選の副賞で10日間ミラノに来たこと。この地に魅せられてしまい、高校を卒業して1年間イタリア語を学び、お金を貯めて、19才の時ミラノに来たこと。 昼間は学校、夜はバイト、休みの日は絵画修復のお手伝い、と頑張ってきたこと。 でも今はもう、先の見えないこの生活に少し疲れてきていること。 本当にあの頃は、ミラノに行きさえすれば何とかなると考えていた。でも現実はそんなに甘くないことも、今の私は学んでいた。 あまり人に話したことのないそんな話を、彼は黙って聞いてくれた。 帰り道は案外すいていて、車は思ったより早く、私のアパートに着いてしまった。 「すみません。今日すごく楽しかったのに、愚痴まで聞いてもらって」 「いや、俺も久しぶりに遠出して、楽しかった。・・・・・それに」 片岡さんは静かに言った。 「凪ちゃんはよく頑張ってる。それはみんなわかってるよ。時々は息を抜いてサボっちゃえば、少し楽になれるんじゃないかな。まだゆっくり考える時間はある」 泣きそうな気持ちだった。でも泣いたりしたら、また子供だと思われる。 私はできるだけ大人びて見えるように、落ち着いてお礼を言った。 「はい・・・・ありがとうございます」 「サボりたくなったら、俺に言って」 そんなことを言って微笑んだ片岡さんは、やっぱりとても素敵なひとだ。 このひとがとても好きだ、と思った。
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