第1話

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翌週から、片岡さんたちもバカンスに入り、斉藤さんと2人で日本に帰国したという話を聞いた。でも片岡さんは1週間で帰ってきて、それから何度か私のスケッチに付き合ってくれた。 私たちが初めて会ったスフォルツェスコ城にも行ってくれて、私が描いている間、ただ一緒にいて本なんか読んでいた。 煙草、吸わないんですか?と聞くと、凪ちゃんと一緒の時はいいの。と言われた。どういう意味なんだろう、と思ったけど、何も言えなかった。 片岡さんを描いてもいいですか?と聞いたら、だーめ、と言われた。つまんないの、と思ったけど、何も言わなかった。 このまま時間が止まればいいのに、とずっと思っていた。 でも私の21才の夏は、ものすごく駆け足で過ぎていった。 9月になり、街はゆっくりと活気を取り戻しつつあった。昼間はまだ暑いけれど、朝は涼しい風が吹くようになっていた。 9月の半ば、アルカーデでラーラの誕生パーティが開かれた。閉店後という話だったけど、早めにそれは始まり、お客さんも一緒に大いに盛り上がった。 片岡さんたちも途中でやって来た。片岡さんは何故かみんなの代表で大きな花束を抱えていて、ラーラに熱烈なキスをされていた。 花束もキスも、片岡さんにとても似合う。ワインでぼうっとした頭で、そんなことを考えていた。 日付が変わる頃やっとパーティはお開きになり、私たちも帰ることになった。 片岡さんはいつものように私を送ってくれた。とりとめのない話をしながらアパートの前に着いたとき、突然彼のポケットで携帯電話が鳴り始めた。 ごめん、と言って画面を見た片岡さんは、一瞬迷って、ピッ、とそれを切った。 「いいんですか?」 と聞いた私に、彼は少し硬い表情で答えた。 「いいんだ」 私は、その時すごく意地悪な気持ちになっていた。今なら言えると思った。 それは子供っぽい感傷だったのかもしれない。 「片岡さん」 「なに?」 「澪さんて・・・・・誰ですか?」 片岡さんの瞳は、一瞬確かに揺れた。彼はゆっくりと私を見た。 長い長い時間だったような気がする。静かに、彼は言った。 「俺・・・・・何か言ったの?」 私はもうすでに、聞いたことを後悔していた。 彼の瞳が悲しく曇っているように感じたからだ。 「酔って・・・・寝てた時に。その人を・・・・呼んでました。何度も」 片岡さんはひとつ、ため息をついた。悪い子だね、と言われているような気がした。
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