第1話

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「あの・・・・お待たせしました。お呼びでしょうか・・・・?」 ほんの少し、間があった。 「この絵は・・・・俺?」 私のスケッチを指さしながら振り返った彼は、まさしくあの時の、あのひとだった。 「え・・・・・あ・・・・・」 まるで金魚のように口をぱくぱくさせる私に、彼は不審そうな目を向け、 「俺・・・ナギ・・・さんに会ったこと・・・あったっけ・・・?」 とつぶやいた。 この間は髪もまとめてなくて、しかも私服だったせいで学生さんかな?と思っていたけど、こうしてスーツ姿を見ると、まるでスーツ専門店のモデルのようだ。 首をかしげる彼に、震える声で言った。何だろう・・・すごく怖い。 「いえ・・・あの・・・こ、この前・・・スフォルツェスコ城で・・・お見かけして」 「スフォル・・・ツェスコ城・・・?ああ、あの・・・博物館の・・・?」 「そうです。・・・あの・・・勝手に描いてしまって、申し訳ありませんでした!」 眉間に皺の寄った彼の表情は、まさしく怒っている感じだったので、とりあえず謝ることにして頭を下げた。 「いや。別に怒っているわけじゃないよ」 「え・・・・・・?」 見上げた私の目に、少し困ったような彼の表情が映る。そんな顔はやはり、どこか幼く見えた。 「会社の上司に、お前の絵が飾ってあるって言われて、見に来たんだ。まさかと思って。モデルになった覚え、なかったし」 「はい、すみません・・・・」 「本当に俺だったら・・・・この絵、はずしてくれる?」 え?と思って顔を上げた私に、 「恥ずかしくて、ご飯、食べに来られないだろ?それにこの絵は、3割増しくらいでイイ男に描けてる」 彼はそう言って、口元に拳をあてながら可笑しそうに笑った。 あ、笑顔だ。 私はその瞬間、初めて見たその笑顔に囚われていた。笑うんだ、こんな笑顔で。 なんだか、泣きたいような気持ちになった。良かった、笑ってくれた。と意味もなく考えて、私はとても嬉しくなった。 彼はひとしきり笑うと、私のスケッチの隅の「nagi」というサインを見ながら、 「何・・・ナギさん・・・?」と聞いた。 「か・・・笠原・・・凪です」 「凪って・・・あの・・・海の?」 頷きながら、美しく微笑むその顔を半ばうっとりと見つめている私に、彼は名刺をくれた。 「よろしくね。凪ちゃん」 にっこり笑った彼の表情に励まされるように、私は思わず口走っていた。
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