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<凪目線>
片岡さんは、お店に時々来てくれていた斉藤さんと同じ会社の人だった。
入口の絵をとりあえず大聖堂と天使に戻すと、彼は約束通り同僚の人たちと時々店に来てくれるようになった。
彼が来るたびに、いちいちマルコがウィンクしてくるのが目障りだったけど、楽しそうに皆と騒いでいる姿を見るのは嬉しかった。寂しそうな横顔を見るよりずっといいと思った。
でもあの時、彼にあんな顔をさせた人はどんな人なんだろう・・・?
一緒に来てる人の中には女の人もいたけれど、その人たちではなさそうな感じだった。私がじっと彼らの席を見ていると、マルコが通りすがりに、
『ナギ、ワタルのこと見過ぎ 』
と囁いて行った。
よ・・・・よけいなお世話っ!
アルバイトが終わる時間に居合わせた時には、私のアパートまで送ってくれた。片岡さんの高級アパートの少し先。私たちは案外近くに住んでいた。
部屋に明かりがつくまで見てるよ、と言った彼は本当にそこに立っていて、窓から小さく手をふる私に、笑顔で手を上げてくれた。
泣きたいくらい嬉しくて、泣きたいくらい切なかった。
彼はいつも大人で、私はいつも子供扱いされた。
手を伸ばせばきっと握りしめてくれるのだろう。でもその手が彼の胸に引き寄せられることはない。
彼に恋している自分を感じていた。でも言ったらこの、少し特別な場所も無くすような気がした。
無くせない。絶対に無くせない。だから絶対に言えない。
ここ最近、自分の人生に悩み始めていた私は、いつの間にか恋にも悩んでいた。
7月も半ばを過ぎると、人々はバカンスを取り始める。ミラノも段々と人が減ってきて、閉まる店も増えてきた。
最近は夏場の観光客を目当てに開いている店も増えたけど、アルカーデも8月いっぱいは閉めるとラーラに言われていた。
明日からバカンスに入るという夜、店で恒例のちょっとしたパーティが開かれた。お客さんたちも楽しそうに歌ったり踊ったりしていた。
私たちは大忙しで、パーティが終わったあとふと片付けの手を止めて見ると、斉藤さんと片岡さんが、お互いにもたれて眠っているのが見えた。
『ナギ、見て見て』
とマルコが嬉しそうに言うので、2人でそっと近寄って寝顔を見た。
マルコがしーっと唇の前に指を立てた。
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