3:Move

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「……?」 額に乗せられた冷たいタオルの感触に目を覚ます。青年の見知らぬ天井が目に入った。 「……」 ゆっくりと瞬きを繰り返し、シーツの上で指先を動かそうとするも、全く力が入らない。全身を襲う鈍い痛みは夢なんかではない。視界がやけにぼやけて見えるのは普段つけている眼鏡がないせいだということに、ようやく気がついた。 そうしてどこからか聞こえてくる足音に耳をそばだて、動かない体に諦めてじっとその音の主を待ってみる。軽い足取りは女性のものだろう。 「――おや、もう目が覚めたのかい?」 女性にしては低い声だった。かといって耳障りではない落ち着いた声音は、人に安心感をもたらす穏やかなものである。首を動かすことも出来ない青年は、女性がそばに近寄るまで口も開かなかった。 「傷の具合はどうかな? ざっとだけど手当てはさせてもらったよ」 ほとんどは別の人がやってくれたんだけどね。そう言って笑う女性の言うとおり、青年は全身に酷い傷を負っていた。剣で斬られたものや刺し貫かれたものなど、白い肌に似つかわしくないむごいものがほとんどである。 それらの傷が開かないように、あちらこちらに包帯が巻かれていた。 女性の細い指がベッドサイドのテーブルに置いてあった青年の眼鏡を取り、そっと持ち主にかけてやる。青年の視界はそれだけでパッと鮮明になり、蠱惑的に微笑む緑の瞳を見返した。 「気持ち悪いとかない? というか、キミはどこまで覚えてるのかな?」 「……どこまで……」 「まぁゆっくり思い出せばいいよ。ワタシはリオネルと言うんだ。よろしくね名無しさん」 ぼんやりと口を開いた青年に優しく言葉をかけ、額に置いてあったタオルを取り上げて、持ってきていた手桶で軽く濯いで絞る。一連のさまを目で追っていた青年だったが、その記憶ははっきりしていた。
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