第1話

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この前の手術の痕は、まだ生々しく盛り上がっている。 傷はこれからも増えるだろう。痛みともつねに、戦わなくてはならない。 「お仕事って思ってくるからな、だんだん」  涼はぽつりと言って、そばにごろりと転がった。 「磯のにおい。ドイツじゃ、海辺でもこういうにおいはしない」  ドイツの海辺について考えても、なんのイメージもわかない。 そうか。こいつ、ドイツにいるんだと、あらためて驚く。 A代表の試合で帰ってきているんだと。  代表にしても、ブンデスリーガにしても、自分の知らないことを知っている涼が、眩しくて悔しい。 お仕事って思えるほど、俺はまだ、そのお仕事すらしていないのだ。  それでも、松崎が営業に回って、休日にひいきのチームのユニホームに身を包んで、サポーターをしているより、イメージはできる。 「寒いんだろうな」 「冬はな。いまはいい季節だし、お前もきたら?」 「観光してる暇ねえって」 「いや、ブンデス」 「気軽に言うなあ」 「夏の移籍市場はもう閉まるけど、冬があるしさ。それが終わっても夏がある。それが終わっても」 「冬があるってか」  思わず笑う。  そうやって、涼はブレイク期間を乗り切ったのかもしれない。 そのためのできることをひたすら、やり続けながら。  涼を見ると、気持ちよさそうに目を閉じている。 華奢で軟弱そうな奴だが、強い。 いや、前よりしっかり筋肉もついている。 筋トレを嫌っていたはずだが、ドイツで戦うのに必要だと思ったのだろう。 速さと勘のよさだけでも、世界では戦えない。 「リハビリははやめにやらないと、筋肉が落ちるぞ」  ふいにそう言われて、リハビリを逃げ出してここに帰ってきたことを涼が知っているのだと、顔から火が出そうだった。 成田から直行で、ここへきた理由は、これか。  登校拒否児童を連れ戻しに来た、クラスメイトみたいだと思って、情けなくなった。 俺はでかくて頑丈そうに見えて、こいつよりずっと、弱っちいことを認める。 超かっこわりい。  魚の入れ食い状態は静まったようだ。 風が出てきて、沖のほうに海鳥が群がっている。 それでも涼は寝ころんだままだったし、俺は恥ずかしさに声もかけられないしで、 しばらく海風にあたって、身体をべとべとにした。  帰りに午後の仕事にでるおっちゃんたちとすれ違う。 みんな俺が釣果を持っていることに、大げさなまでに驚く。
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