第1話

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 それを笑う涼を見て、「友達きとるんか」と、みんながいろんなものを、くれた。 かまぼこやら、ちくわやら、干物やらまではよかったが、 「さっき、獲った」と蛸をまるのままくれたおっちゃんがいて、 そのまま手で持って帰るはめになった。  おっちゃんたちは涼のことを知らなかったが、途中でランニング中のバレー部の女子高生たちに会って、 黄色い声をあげられていた。 それでも涼はいやな顔ひとつせずに、握手をしたり、サインをしたり、写メを撮られたりしていた。  涼を連れて帰ると、かあちゃんは年甲斐もなく頬を染めて「まあ、まあ」と言って俺の釣果を驚きもしない。 涼に握手してもらって、さっさとバケツと蛸をひったくって台所にきゃあきゃあ言いながら、逃げ込んだ。 「今夜は宴会ねえ」などと、言っている。  涼は照れ臭そうに頭をかいて、俺を見る。 「もしかして、ゆっくりできないとか」 「いや。悪いけど、泊らして」 「いいのか」 「そのつもりだった。明日から自主連だけど、全体の合流はあさってだから」  結局、松崎のまわりのサッカー狂やら、泊っている客やら、話を聞きつけたご近所みんながやってきて、宴会はちょっとした祭りになった。 かあちゃんが炊いた蛸飯でむすびをつくって、釣ったキスは刺身と天ぷらになって、もらったものやらみんなが持ち寄ってきたもので、バーベキューをした。  涼はやはり、握手されたり、写メ撮られたり質問責めだったりだった。 誰も俺のサインなんかねだらない。 わかってたけど、ちょっと残念な気もする。  とんだ帰国になって悪かったなと言ったら「けっこう楽しい」という。 俺だって注目されるのは好きだが、こんなに常に見られ評価され、 ぜんぜんサッカーのことなんか知らない女子にきゃーきゃー言われる気持ちって、どんな感じなんだろう。  そう思って涼の端正な横顔を見ても、いつも通りの自然な涼で、照れたり軽口を返したりしている。 やっぱ、こいつすごい。  夜、民宿の部屋で隣に布団を敷いて、いろいろ話した。 「成田コレクション」の気合の入れようやら、代表選手たちの意外な趣味やら、 ドイツ人の几帳面に見えてぜんぜん、大雑把なところとか、気軽な話がほとんどだったが、ぽつりと「監督変わって、なかなか出られないんだよね」と、眠りに落ちるまえの沈黙のときに、涼がつぶやいた。 「いま、代表で帰るのはけっこう、きつい」
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