第1話

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 愚痴ったのはそれだけだったけど、逆に深刻なことだったのかもしれない。 その深刻さがわからなかったからすぐには「そうか」としか、返せなかった。 すこしして、「冬の移籍市場」のことを涼が言っていたことを思い出した。 俺に言いながらも、自分が移籍を考えたこともあったのかもしれないと考えたが、聞いてはいけない気がした。  俺については移籍どころか、まだまだここでやることがいっぱいだ。 俺が涼の場所まで行くのにどれくらいかかるのか、いけるのかどうかすらも、わからない。 俺より涼のほうがよっぽど、しんどい経験をしてることくらいはわかる。  それでも涼がうらやましかったし、悔しい自分は、松崎みたいに応援するだけじゃあ、満足できないだろうなって思う。 「やっぱ、フィールドに立たないとな」  俺のふともらしたつぶやきに「そのとおりだな」と、たぶん涼も違った場所だろうけど、 実感で返してくれたのだと、思う。 「とりあえず、走れないと話にならないけど」  そういうと涼の気配が笑った気がする。 けれど答えはなく、すでに眠りに落ちたあとみたいで、 涼の息遣いといつもの潮騒の音だけが、聴こえてきた。
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