第1話

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 どんよりとした気分をよそに空は青く、海は緑で、瀬戸内の島は気持ちよさそうにぷかぷか浮かんでやがる。 日向は暑いけれども、海風は涼しい。 腹が立つほどいいところだと、あくびがでた。  故郷のこの島が嫌いだったことなどなかったが、いまは閉じ込められたように感じて、うんざりする。 落ち込んでいるのに眠くなる土曜日の真昼ちかく。 絶え間ない波音は、子守唄だ。  実家は裏の丘をすこし上ったところにある。 だが、たいてい日中は母ちゃんも仕事場の民宿にいることが多い。 俺はこっちに帰ったとき、泊るのに使わせてもらっている。  民宿と言っているけど、元小学校だ。 廃校を買い取って、母ちゃんが民宿を開いたのが二年前。親父が亡くなって五年目。 俺がプロサッカー選手になって一年目だった。 「働かんでも、俺ががんがん稼ぐっていったろ」と、半分本気で言ったら、 「サッカー選手なんて、何年できるんよ」って、えらく現実味を帯びた返事がきた。 プロ一年目で、ようやく夢がかなったと思っていたけど、それで目が醒めた。 俺はなかなかベンチにも入れてもらえなかった。 まだ、スタートラインにも、立っていなかったんだと、伸びきった鼻をへし折られた。  二年三組と書かれている部屋が俺の常駐部屋だ。 「オーシャンビュー」はお客さんの部屋なので、丘しか見えない。 背の低い木はほとんど蜜柑で、実がなったころにこっそりもぎとる。 たいてい、まだ酸っぱすぎて後悔する。  廊下に出ると、グラウンド越しに海が見える。 民宿からは、そのまま泳ぎに行くことができるので、小さなシャワーがグラウンドにはあった。 「みゆきー、涼くんでとるよ」  夏休みもそろそろ終わりが近い。 お客さんも減ってきて、どうやら暇そうにテレビ見ていた母ちゃんが、食堂から大きな声で呼ぶ。 みゆきみゆきと女名前で呼ばれるのはやめてくれと言っても、 母ちゃんは「しかたない、みゆきじゃもん」としれっと言う。  涼の顔、いまは見たくないなーと思いつつも、怪我をした足を気にしつつも、急ぐ。 「相変わらず、イケメンじゃねえ」などと、乙女モードに切り替わる母ちゃんに同意はしたくないが、 涼はサッカーを知らない女子たちにまで人気がある。 普段会っているとそんなことは全然思わないのに、テレビに出た涼は、クールで気取っていて、 ちょっとかわいい顔をしているのが、なんか癪にさわる。
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